21卒業旅行(後編)
4日目(9/26) W.M
4日目を担当するW,Mです。体調不良で途中記憶が霞んでいますが、できる限り書いていこうと思います。
朝4時前、いよいよ今回の一番の目玉である南湖大山(本峰は話し合ってカットとなってしまいましたが)の北峰に向けて歩き出しました。
まずは、審馬陣山目指します。この山はスンマーセンと発音するらしく、謝罪案件をたくさん抱える21は散々ネタにしていました。
歩き出して少し経つと、立派な針葉樹林帯に入りました(樹種わからなかったのが残念)。まだ真っ暗な道を黙々と進んでいると、野生生物担当のM.Y君が見つけてくれました。ムササビです。台湾固有種らしく、白に茶色の斑点があってとっても可愛いらしい姿です。この森に多く生息するのか、何度もお目にかかることができました。
登り続けて2時間ちょっと。ようやくたどり着きました。本日最初のピークです。茂みの中にポツンとありました。本峰を目指す人にとってはあまり重要なピークではないのかもしれません。大菩薩の頂上に似ているらしいのですが、どうでしょうか。
審馬陣山では体力・気力なくなってきているメンバーも出てきてひと悶着。それでもここまで来たからにはもうひと踏ん張りと足を進めることになりました。
3000mを超えるとさすがに森林限界なのかと思いましたが、まだまだ緑に覆われていました。
ここで南湖大山本峰のお出ましです!劔を彷彿とさせる険しく凛々しい本峰が目の前に現れ、とても感動しました。雲が風に乗って谷間を昇っていく様子がとっても幻想的。
みんなで写真を撮りました。
あと1本2本で行けるかなというところで、私の体調が悪くなりました。朝から呼吸が浅いなとは思っていましたが、頭痛はなく油断していました。元気組は素早く登っていき、ここまでかと軽く絶望しましたが、もう一人朝からずっと体調の悪いY.H君がゆっくり登ってくれて助かりました。頂上間近はガスガスで強風。寒くなってみんな防寒着や雨具を着込みました。最後はとにかく這い上がる感覚でしたが、9時過ぎ、なんとか頂上にたどり着きました。ここも頂上がはっきりしておらず、かわいい標識を持ち上げて写真を撮りました!
背景はこんなですが、雨具のおかげで色とりどりですね!
3572mは富士山行ったことがない私にとって最高峰です。海外まで来て登れたのはほんとにみんなのおかげだなあと感慨深くなりました。
頂上から下の方に、本当は行くはずだった本峰アタックに繋がる南湖山荘が見えました。本峰はまだまだ遠い道のりがあることを感じて、これは無理だったなと諦めさせられました。
ということで新雲稜山荘へ戻ります。やっぱり長い。
帰りの審馬陣山にて。一人で新雲稜山荘に待機中の西岡君がもしかしたら来ているかもと、みんなで叫びました。返ってくる声はありませんでした。
新雲稜山荘に戻ってくると、西岡君が出迎えてくれました。
本日はこれで終了と言いたいところですが、明日の午前のバスに間に合うように、パーティーを分け、1パーティーは登山口の方へできるだけ進んでテント泊をすることになりました。こういった時にも、どこでもテント泊可能な南湖大山は21にぴったりでした。
残った4人は、明日に備えてご飯を食べすぐに就寝です。と言いたいところですが、大富豪は外せず、台湾のレトルトカレーを食べた後、満足するまで大富豪を楽しみ、就寝となりました。
5日目(9/27) Y.H
今回の海外LWの計画者であり、4日目に高山病で苦しんだY.Hです。標高を下げてテントで寝たら頭がすっきりしました。多分5日目の記憶はばっちりだと思うので、思い出してここに記したいと思います。
AM2:00 一日2本しかないバスに乗るため早めに起床。前日の疲労のおかげでぐっすり眠れたY.Hは、元気も回復して絶好調!謎の台湾袋ラーメンを腹に収め、テントを回収していざ出発。立派なタイワンジカのオスやタイワンカモシカ、様々な昆虫など、たくさんの生き物を見ることができました。深い森の中で出会った彼らは、さながらもののけ姫を想像させる神聖さでした。野生動物に詳しい宮本解説のナイトサファリツアーを楽しみながら下山します。
昨日テントを分けたメンバーですが、寝たことで体調が回復したのか、すごいスピードで下っていると連絡が入りました。恐るべし電波の通じやすさ(中華電信最強!)。こちらも負けまいと、W.Mを先頭に颯爽と下っていきます。さすが農学部森林コース、木々と対話してるかと見紛う軽快さです。
初日に下った鞍部に着きました。一昨日の下りは今日の登り。物は見方次第。人生山あり谷あり(意味深)
重力に従って歩を進めれば、いつのまにかこんなとこまで。はい下山。
無事に帰ってこれてよかった~!麓の安心感はすごいですね。思ったより早く降りてこれたので、バスの時間までかなり余裕がありました。みんなで大富豪やカタンをしながらのんびり待ちました。海外まで来ても、やることは日本と変わらないですね。やっぱりカタンしか勝たん
その後、バスで宜蘭まで下り、一行は九附へと向かいました。千と千尋の神隠しのモデルになったと言われているあの場所です。宮崎駿も訪れたのだとか。せっかくの台湾、観光も楽しんでいこう!と思って電車に揺られていると、、、
あれ、なんだか雲行きが怪しいな、、、
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ゲリラ豪雨並みの暴風雨でした。傘なんか一瞬で使い物にならないくらいの暴風雨です。しかし、ワンゲラーである私たちにとって下界の雨など大したことありません。ゴアテックスのレインウェアを着込んでいざ出陣!
もはやテンションがおかしくなっていますが、台湾なのでご愛嬌。有名な提灯の点灯までまだ時間があるということなので、スイーツ店でタピオカを楽しんで待ちました。
赤子を抱くようなM.Y君、母性があふれてます。その後、満を持して提灯街へ。
いい雰囲気です。日本人観光客も多く、人でごった返していました。
とても南湖大山から下山した日とは思えないほどいい笑顔です。疲労は気の持ちようだと感じました。
台北直通のバスに乗り込み、今日のホテルに向かいます。台湾の夜景や市街地を眺めていると、なんだかノスタルジックな気持ちになります。昭和の日本を想像するのは私だけでしょうか。今までの元気はアドレナリンのおかげだったのでしょう。いつのまにか夢の中でした。
6日目(9/28) N.S
お久し振りです。21のN.Sです。六日目は台北からお送りします。
台湾の名前がわからん餅みたいな朝食です。これだけはいえる。
まじで美味い
台北は想像以上に栄えていて300m越えの高層ビルが林立しており、下町の屋台街とは対比的な街並みでちょっと新鮮
こちらは台湾で一番高いビルの台北101(509m)
グ〇チやシ〇ネルなどの高級ブランド店が立ち並んでおりバックパックでは非常に入りづらかったが関係ない。タピッた。
そのあとは博物館で白菜を見ました
おいしそう 30分並んだ…
夜は台湾名物、士林市場へ
写真はスナイパー宮本
ラストは飲み屋へ
H.Kにはヤニ友が出来ました
7日目(9/29) M.Y
ご無沙汰しております。昨年の夏合宿以来でしょうか。21のM.Yです。
6日目は先述の通り、台湾最大の夜市からここでも食を外さない山ノ下セレクトの台湾版居酒屋に行きフィナーレを飾りました。
(楽しそうな写真を追加でどーーん)
いや、飾ったはずでした。
追加で台湾ビールとおつまみを手に時刻は3時をまわったところ。ここはホテルの1室。
7日目のブログはここから始まります。
最終日。4年間ワンゲルとともに走り、どこか情に熱い我々にふさわしいであろう
太宰治の名作「走れメロス」風にお送りしたいと思います。
Y.Mは激怒した。(メロスは激怒した)
同期とはいえ我々は7日間もの月日を共にしたことはなかった。
これまで全く異なる個性派いや曲者というべき7人は、共通の目的のために
ユーモアを持ち合わせながら助け合う仲であった。
そこには固い友情が芽生えてはいたが、自分たち7人の関係性に7日間も目を向けることは少なかったのだ。
この後のことを台湾で食べた小籠包の食レポ風に紹介すると。
あふれだす想い(肉汁)、輝く友情(スープ)、はかない心(皮)とでも言うべきか。
その結果、後輩たちには話せない空白の数時間が生まれる。
その場の全員が、涙を流すという行為がお腹をすかせることを久方ぶりに思い出した次第である。
(2時間の仮眠を挟む)
恐る恐る顔を見合わせる者がいる中、若干1名立ち直りが早い者がいたため
これからどう振る舞うべきか我々は瞬時に判断した。
全員でK.Kチョイスの朝食を食べに出かける。サンドイッチがまた美味しかった。
「7/11」のように具材が見える位置にしかないものとは大違い。この7日間のごとくぎっちりと詰まっていた。ちなみに僕の推しであるファミリーマートは台湾だと八角を入れた煮卵を店頭販売しているせいで長居ができない場所である。
このあと、数名は寝起きのパンチングマシーンへ
0~999までのカウントのマシンで800台と700台を叩き出す人間がワンゲルにいたことには驚きました(他人事)。
誰か気になる方は2023年度初心者合宿を読み返してみてください。
また、腕の負傷と引き換えにスコア333を出したH.Kもいました。
その後は、お土産を買うために分裂。
台湾と言えばパイナップルケーキ。その最高級品に出会うために、M.Yと数名は三越の地下へと向かいました。この時お土産のランクを妥協したY.Hがいるとかいないとか。
Y.Hは今回の旅の計画者。彼にはほんとに感謝しかない。ありがとう。
また、旅の宿はK.K。飯はお馴染みY.M。現地ではN.S、W.M、H.Kにたくさん世話になった。ほんとうにありがとう。
あ、そうそう。ここで出会ったパイナップルケーキのうまいことやら
その後は、余裕をもって空港に到着。フライト時間ギリギリまで大富豪で豪遊。
若干1名M.Yという男がチケットを見ては、帰りのフライト時間が3時間近いことに文句を言っていたが、実際は時差があるため2時間ほどであった。出発前に、おふざけで21内でも体格に恵まれた3人が隣同士で座るように予約をしたことが裏目に。痩せ....るか。
帰国すると、N.Sたっての希望から家系ラーメン「ずんどうや」に舌鼓をうち、匂いのしないファミリーマートを十分に堪能した面々は深夜の高速道路にて物思いにふけながら、、、時折、今朝の出来事を思い出しては、赤面した。(メロス要素をうまく入れれたかな?)
ではでは。ブログを読んで下さっている皆様へ。
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極めて異例の海外山行
引き寄せられてか図らずか
信大ワンゲルにと名乗り集った曲者7人
この先各個に成長を遂げ…
いずれこの4年間の話を集まる度にくどいようにこすり続けるのだが…
今はまだ…
誰も知らない物語
引き続き、信州大学ワンダーフォーゲル部を見守ってくださるようお願いいたします。
いや、早いもので。我々も一緒に見守らせてください。ありがとうございました。
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